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小学校支援員の日々

小学校で特別支援教育支援員をしています。元中学校の国語の教師。教育や子どもの役に立つことがしたいと思いつつ、何からすればいいか分からず模索中。

特別支援学級ってそもそもなに?

 

 
小学校の「特別支援学級」ってどんなところ?

 

特別支援学級」名前は知っていても「具体的に通常級と何が違うの?」という方が多いと思います。

今回は、小学校の特別支援学級について、その仕組みについて詳しく書いていきます。

 

1. そもそも「特別支援学級」とは?

 


特別支援学級とは、障害や発達に課題のある児童・生徒一人ひとりの特性に合わせて、きめ細やかな教育を行うために小・中学校に設置された少人数の学級のことです。

 

〇通常学級(いわゆる普通のクラス)との最大の違いは、「生徒数の上限」と「カリキュラムの柔軟性」です。

〇人数: 1クラスの定員は最大8名(通常学級は35〜40名)。
〇場所: 地元の小学校の中に教室があります。
〇担任: 特別支援学級の担任免許や専門知識を持った先生が担当することが多いです(※自治体によります)。

 

 
2. 特別支援学級には「種類」がある

 


一言で「支援級」と言っても、対象となる障害の種別によってクラスが分かれています。学校によって設置されているクラスが異なるため、事前に確認が必要です。

知的障害特別支援学級:勉強の遅れや理解のゆっくりさが気になる子向け。
自閉症・情緒障害特別支援学級:知的遅れはないが、対人関係やこだわり、不安感が強い子向け。
弱視・難聴・肢体不自由・病弱・身体虚弱・言語障害:それぞれの身体的な課題に対応するクラス。
※一般的な公立小学校では、1と2が設置されているケースが多いです。

 

3. 特別支援学級の学習・生活の3つの特徴

では、実際に特別支援学級の子達ははどのような学校生活を送るのでしょうか?

 

① 「個別の指導計画」に基づいたオーダーメイド学習
支援級では、子ども一人ひとりに合わせて**「個別の教育支援計画」や「個別の指導計画」**が作成されます。

「国語は学年相当だけど、算数は2学年前の内容に戻って復習する」
「45分座っているのが難しいので、15分ごとに休憩を入れる」
「黒板を写すのが苦手なので、タブレットやプリントを活用する」
このように、その子のペースに合わせた指導が行われます。

 

② 通常学級との「交流及び共同学習」
支援級に在籍していても、ずっと支援級の教室にいるわけではありません。

給食、休み時間、掃除、行事(運動会や遠足)、あるいは音楽や図工などの実技教科は、同年代の通常学級(交流級)の友達と一緒に活動することが多いです。これを「交流及び共同学習」と呼びます。社会性を育む大切な時間です。

 

③ 担任の先生との距離が近い
生徒数が少ないため、先生の目が行き届きやすい環境です。子どもの小さな変化や困りごとに気づいてもらいやすく、保護者とも連絡帳や電話で密に連携が取れることが多いです。

 

 


4. 特別支援学級に在籍するメリット・デメリット

 

〇メリット
「わからない」が減り、自己肯定感が育つ: 自分のレベルに合った学習ができるため、「できた!」という経験を積みやすいです。
精神的に安定する: 騒がしい環境が苦手な子にとって、少人数の静かな教室は安心できる居場所になります。
手厚いサポート: 生活面(着替え、片付け、トイレなど)でのサポートも受けやすいです。


〇デメリット・懸念点
学習進度の違い: 通常級とは教科書の内容や進度が異なる場合があり、中学以降の進路(普通科高校受験など)を考える際に、内申点や学力面で課題になることがあります。
人間関係の固定化: 人数が少ないため、クラスメイトとの相性が悪いと逃げ場がなくなることがあります。
「レッテル」への不安: 子ども自身が「どうして自分だけ別のクラスなの?」と気にする場合や、周囲からの偏見を心配する保護者の方もいます。
 


5. 入級までの流れと判定

 


「入りたい」と思っても、すぐに入れるわけではありません。一般的には以下のようなフローになります。

〇担任・学校への相談(いつでも可能)
教育委員会(就学相談)への申し込み(夏〜秋頃が多い)
〇専門家による検査・面談(WISCなどの知能検査、医師の診断、行動観察など)
教育委員会による判定・通知
〇保護者の同意・決定
※最終的には「保護者の意向」が尊重されますが、学校や専門家の意見と大きく食い違う場合は、何度も話し合いが行われます。

 


6. まとめ:特別支援学級は子どもにとって1番良い居場所作りをするところ


特別支援学級は、決して「隔離された場所」でも「勉強を諦める場所」でもありません。「その子がその子らしく輝くための、学びのユニバーサルデザインが整った場所」です。

教育現場では日々どのような支援がその子にとって1番か常に考えています。

 

 

グレーゾーンてなに?

学校で仕事をしているとよく「あの子ってグレーだよね」という言葉を聞きます。
「グレー」とは、発達障害とまではいかなくても、他の子より勉強が遅れていたり手がかかる子に使ったりします。
世間でいう境界知能と同じ意味があります。

「グレー」の子ども達は支援員の中でも共通認識しています。
何年の誰がどんな特徴があるのか、大体特別支援教育コーディネーターの先生から説明があります。
クラスに入る時にはもちろん1番優先して支援するのは支援学級在籍の子ですが、グレーの子達も気にかけながら様子を見て必要ならば支援をします。

グレーの子達も保護者が色々気にかけてくれる場合は検査を受けたりして、翌年から特別支援学級在籍になったり、国語と算数だけ支援学級で授業を受けたりなど支援を受けられることもあります。

子どもによって特性が全然違うので、「今何に困っているのか?今1番必要な支援は何か?」
支援員は常にそれを考えています。
その点は支援学級の子達と同じです。

支援学級の子達とグレーの子達両方気にかけながら授業を毎日見守っています。

今年度の支援体制について

現在務めている小学校は今年で3年目になります。各学年2~3クラスずつの中規模レベルの人数の学校です。

その中で特別支援学級は知的・情緒・病弱学級が各1学級ずつあります。

 

昨年度と少し変わっている所は、特別支援学級主任(情緒学級担任)の先生が時短勤務で午前中で勤務が終了という所です。

午後からは違う先生が交代で来ます。

つまり、情緒学級の担任は2人在籍しているということです。

約10年ほど学校に勤務している私ですが、1つの学級に2人担任がいて交代するというのは新しいパターンです。

主任の先生が遠くから職場に通っていて、お子さんも小さいからなのかな?という感じです。

 

ちなみに支援員は1日勤務の先生が2、5校時まで勤務の人が3人で、私は5校時まで勤務です。

子ども達は全部で11人在籍していて、内訳は知的が5人、情緒が5人、病弱が2人です。

国語・算数だけ勉強するために通級している子が1人います。

ですが、この学校は少し変わっていて、本当は知的だけど病弱学級で勉強したりしている子もいます。

人数や障害の重さなどで均等にして勉強を教えるためだそうです。

 

今年度も残り4ヶ月…

どうなっていくのかな…

久しぶりすぎる投稿

久しぶりすぎる投稿です!

3年ほど放置していました!w

 

無事小学校の教員免許を取得し、現在も相変わらず近所の小学校で支援員をやっています。

 

支援員の仕事も8年目で極めつつあるので…

来年は授業を教える仕事もチャレンジしたいなぁと思いつつ、まだ4ヶ月ほどあるのでまたブログでも書いてみるかぁとか、そんな感じです。

 

何年も放置しまくって、さらに色々事情があって名前また変わってしまってごめんなさい💦

 

それでもまたお付き合い頂けたら嬉しいです。

ではまた更新します!

 

仕事復帰から1ヶ月…

何とか通信の大学を卒業し、支援員の仕事に復帰しました。

小学校の免許はちょっと複雑な理由があり、申請中ですが取得するまでに時間かかりそうです。

機会があれば詳しく説明できたらなと思います。

 

何はともあれ久しぶりの仕事。

今度の仕事は初めての大規模な学校。

 

特別支援学級も人数が他の学校に比べて倍です。

私はとりあえず知的学級に所属になりました。

知り合いの支援員がいたので、不安はあまり無かったのですが…。

 

知的学級の先生があまり良い噂がなくて💦

実際一緒に働いてみるといろんな違和感が…。

 

今までの学校は一応知的、情緒に関係なく支援に入ったのですが、それが全くなく。

情緒学級の方があきらかに人不足なのに、知的学級にばかり支援員がいて…。

5月に入った今も全く改善されないまま(´・ω・`;)

 

さらに勤務時間超えることもしばしばあり、今までの学校だったらありえないことが次々と起こってます。

 

支援員がみんな良い人だから何とかなってるものの、これじゃあさすがに良くない。

 

これからどうなるんだろうか…。

 

 

本当の本当のさようなら

教育実習が終わって約4ヶ月が過ぎました。

その後何をしていたかというと、今まで通り通信の大学に通い、残りの単位を取るために勉強していました。

 

教育実習最後の日つい「運動会見に来るからね!」と言ってしまったので…笑

その日堂々と会えるように勉強しつつ毎日を過ごしていました。

 

そして今日が運動会当日。

グラウンドに行くと実習に行ったクラスの子どもたちはダンスの真っ最中でした。

 

とりあえず邪魔にならないように端っこの方で様子を見ていると、何人か知っている子が近寄ってきてくれました。

覚えてくれてて本当に本当に嬉しかった( ´:ω:` )

 

今年もコロナ禍ということもあり、応援は拍手のみで、午前中だけの開催でした。

本当はもっと思い切り楽しみたいんだろうな…。

 

現場の先生たちもものすごく忙しそうに動いていた。

 

去年は私もあの場所にいたんだな。

今は何もできない。

「何もすることができない。」

ということを今は噛み締めよう。

 

教育実習が終わってから、私はあることがきっかけでずっと買えなかったアルトサックスを購入した。

 

きっかけについてはここでは触れないが、ともかく私は7月くらいからほぼ毎日サックスの練習を始めた。

 

今まで出会った子ども達には演奏できなかった。

今運動会を頑張っている子どもたち。

2年もそこで支援員として勤務していたのに、一体何ができたんだろうか?

 

教育実習で国語の授業を教えていた時に、発言があまりなかった時に私はこう叫んだ。

 

「私の名前も顔も何もかも忘れていい。だけどこれだけは忘れないで欲しい。苦手なことでも、練習しないとできないんだよ!」

 

いつか本当に私のことを子ども達は綺麗サッパリ忘れてしまうだろう。

それでいい。

それでも、教えたことはなくならないから。

教えたことが身について、その子を守ってくれるなら。

いくらでも忘れていいから。

 

帰り際に別れの挨拶をした時にみんなが私に手を振ってくれた。

実習に行ったクラス以外の学年の子も、私を知っている子はみんな手を振ってくれた。

 

もうここに私の居場所はない。

「みんな、さようなら。」

本当の本当の最後の別れを心の中でつぶやいた。

 

今日からがまたスタート。

これから出会う子どもたちには演奏してあげられるからさ。

今度は違う形で出会えたら良いね。

 

未来の日本の姿にしか思えない

あることがきっかけで久しぶりに本を読みました。

そのあることに関しては今回は詳しく触れないことにします。

きっかけはどっちでもいいので。

 

とにかく私は近所の本屋さんに行って「奴隷」に関する本がないか、片っ端から本のタイトルを見ていきました。

 

そこで目についたのが「命がけの証言(清水ともみ)」というウイグル問題について書かれた本でした。

 

そういえば最近話題になっていたな…。

Twitterで漫画が流れていたような?

「奴隷」に関する本とは少し違うかもしれないけど、ほとんど漫画だったらさらっと読めるだろう。

 

そんな軽い気持ちで手に取り、家に帰ってさっそく読んでみました。

 

確かに最後まで手を止めずに読むことはできました。

でも、ずっと手の震えが止まらなかった。

 

奴隷とか民族弾圧とか、日本には関係ないでしょ?

確かに酷いこととは思ってるけど、だからって私に世界を変える力なんかないんだから。

 

この本を読むまではずっとそう思っていました。

気づいたら私は震えが止まらない手を力一杯握りしめていました。

 

まだ自分にもできることあるだろ。

私が何かしたって、

戦争も奴隷もなくならない、

いつだって本当に優しい人は潰されるんだ。

子どもや弱い立場の人は利用されるんだ。

そんなことは分かってる。

 

でもこれが事実だとしたら、

近い将来の日本の姿にしか思えないんだよ。

 

まだまだ勉強不足で知識も発信力もほとんどありませんが、でも何かできること私にもあるはず。

 

結果何一つ変わらなかったとしても、

それでも立ち止まることだけは絶対にしたくありません。